「ザ・ロイヤルファミリー」 馬主・マネージャーと馬が紡ぐ物語
「優駿11月号」の新刊紹介に掲載されていて、気になっていたので、読みました。
500ページもある大作ですが、読みやすくて、サクッと読めました。
一言で言えば、馬主・マネージャーと馬の物語です。
以前、何かの機会に、ストーリーを説明する場合は、縦の糸と横の糸をキチンと考えるべしということを習った記憶があるのですが、この本では縦と横がキチンとしています。
縦の糸は、馬です。主人公である来栖が親友に連れられて競馬場で中山金杯を勝ったロイヤルダンス、ロイヤルホープ、そして、ロイヤルファミリー、主役はあくまでも馬です。
横の糸は、馬主そしてマネージャーです。競馬小説の金字塔は宮本輝「優駿」であることは衆目一致するところですが、優駿の場合、牧場・馬主・騎手、それぞれの立場を描いています。で、この本では、あくまでも主役は馬主そして小説の語り手であるマネージャーです。とくに、マネージャーである来栖が、馬の継承、馬主の継承、2つの継承に欠かせない存在になっています。馬係ともいわれるマネージャーですが、そのマネージャーにスポットライトを当てるのは素晴らしいと思います。くわえて、第1部の主人公ともいえる山王耕造をして「馬を見る力のない俺は、人間に賭けるしかないんだよ。それだけのことだ」(p90)というように、毀誉褒貶はあるものの、馬主・マネージャーを中心に牧場、調教師、騎手、騎手、魅力的な「人間」が集まります。
そして、縦の糸と横の糸が紡ぐ物語は、継承だと思う。語り手の来栖はこう語ります。
過去から受け継いだバトンを、次の世代に引き継いでいく。馬たちの血の継承を陰ひなたで支えているのは、たとえその原動力が目も当てられない自己顕示欲であったとしても、馬主のみなさまであることに変わりありません。(p291)
馬の継承、そして、馬主の継承、こうしたバトンをつなぐ馬主家族とそのマネージャーの物語です。
基本的には実在しない名前、馬なので、定義としては「フィクション」です、ただ、たとえば、現役時代にG1を7つ獲得、種牡馬としても大成功した「ディクスアイ」→これはディープインパクト、7月初旬に行われる豪華絢爛なセレクタリアセール → セレクトセール、 北海道苫小牧市にある大手牧場「北稜ファーム」→社台ファーム、と、現実に存在するノンフィクションをモデルにしています。おそらく、馬主についても、取材された馬主をモデルにしているんでしょうね。ちなみに、実名で登場するのは、JRA、中山馬主協会あたりです。JRAならびに職員の方はとても好意的に描かれています。自分の所属する東京馬主協会でなく中山馬主協会であることがやや残念(まあ、ダービーじゃなくて有馬なので仕方ないですね)ですが、馬主協会にはこういう使い方があるのか、と発見がありました。
競馬の世界を全く知らないまま読むとちょっと戸惑う(たとえば、「管囲20cm程度の彼らの四肢はあまりにも脆弱です。」(p53)、管囲20cmは一口馬主にはお馴染みのタームですが、何も知らない人にはわからないのでは)、かつ、呼称 薫子さん(p281)、薫子さま(p438)が一致していないなど、やや粗削りのところもありますが、縦の糸と横の糸が紡ぎだす継承の物語は、それを補ってあまりあると思いました。オススメです。そして、自分はとくにマネージャーがいるわけでもなく、継承を考えているわけではないですが、過去から受け継いだバトンを次の世代に渡す、身の丈の範囲でやっていきたいと思いました。